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時間があるときに手入れしたいアイテム土に触れて

ある風の強い日、換気のために窓を開け放しておいた2Fから大きな音がした。リビングに上がってみると出窓の傍に置いていた植木鉢がひっくり返って、床が土にまみれていた。鉢に植えてあったパキラの枝が大きく伸びて、プラスチックのプランターでは重心が軽くなりすぎていたところを風に煽られたようだ。よく見たら鉢の中の土も随分と痩せていたので、根っこから植え替えることに。
ふと、ベランダにずっしりと重たい陶器の鉢があるのを思い出した。これは8年ほど前に、叢(くさむら)という異形の観葉植物ばかりを取り扱う店で買ったサボテンが植えてあったもの。サボテン自体は(僕の育て方が悪く)早々に枯らしてしまったが、鉢の方は佇まいを気に入って長いこと取って置いたのだ。庭の土を少し足して、新しい鉢に入れてあげたパキラは水をあげるとシャキッとした顔になった。このパキラは10年前に住んでいた家の向かいにある焼き肉屋で貰ったもの。その店では度々、晩酌がてらのひとり焼き肉をやっていたので、おかみさんに引っ越すことを伝えたら「ちょっと待ってて!」と店を飛び出して行き、15分ほど待っている間にパキラの鉢植えを買ってきてくれたのだ。韓国人の母娘で営んでいた焼き肉店だったが、引っ越して1年後に訪ねたら、お店は空き家になっていた。娘さんは臨月間近というくらいお腹が大きかったので、今頃その子は10歳に大きく育っているのだろうか。
窓際の手入れついでに小鹿田焼きの大きな花瓶とパキスタンのスリップウェア(銀座たくみで10年前に買ったもの)を丁寧に洗った。皿の方は随分と乾いていたのだろう。「ブーーン」というラジコンのモーター音のような声をあげながら土の隙間にグングンと水を吸い込んでいた。同じ窓際に置いてある彫刻も丁寧にホコリを拭き取り、少し頭をなでてみた。ふたりの人間がギュッと抱擁しているこの彫刻はイラストレーター・門秀彦氏によるもの。新宿のB galleryで16、7年前に手に入れた。門氏はろう者の両親を持ち、音声言語や手話では伝えきれない思いを表現するため幼少期から絵を描き始めたらしい。
緊急事態宣言を受けた自宅生活のなかで、僕らは色々なことに気づきつつある。それはモノやコトを余りにも多く持ちすぎているのではないか、ということ。自由すぎて不自由なこと。近すぎて遠くなってしまったこと。重たすぎて軽視していること。覚えすぎて忘れてしまうこと。少し立ち止まって、ちょっと思い出してみようかな。あのヒトのこと。

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