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家でまとう、こだわりのアイテムパリ下町、コインランドリーの原田芳雄。

1989年のほぼ1年間、ボクはパリのモンマルトルのストゥディオに住んでおりました。その一帯(ピガールからアベス辺り)は映画『アメリ』の撮影地で、登場する馴染みの八百屋、いつものアラブ系のコンビニみたいな店、ボロいカフェ等々は全て地元の実店舗、故にボクにとってはアド街ック天国を見ているかの様なご当地映画感覚なのでした。
ただ『アメリ』が2001年公開なので、10年の月日がボクのいた頃と映画の中の街並みをだいぶ変えていた。まぁ、89年当時、アメリ前のこの界隈はヒドかった。下りきるとそこはかつての風俗街ピガールでその下る坂道には通りごとに個性的な男娼が客引きをしていた。太った男娼専門、ドラァグ・クイーン系、黒人専門等、ピガールから歩いて帰る時は必ずこの道を通らねばならなかった。はたまた、駅前のカフェでは夏でも革ジャン、スキンヘッド、なぜか必ずバンダナを首に巻いたシェパードを連れた特定思想家達が常に集っていて歩道は糞と吸い殻で溢れていた・・・。もう、本当にここはトム・ウェイツの世界だなーと呆れながらも、これはこれで満喫していた。意外にすぐ慣れるものだ。
なのに『アメリ』の大ヒットで一気に街の浄化が行われ、魔宮の丘は日本の自由が丘の様になってしまったのだ。聖地巡礼系観光客が押し寄せる中、このままトム・ウェイツでは流石にまずいと皆思ったんだろう・・・。しかし小綺麗なカフェはすぐ作れても、あの本物が住むカオス通りはもう戻ってこないのだ・・・・・。
そんな混沌の中に建つボクのストゥディオの1階にはカメラマンが住んでいた。例えが変かもしれないが、俳優の原田芳雄さんの若い頃そっくりのフランス人。それにジャンコクトーの恋人ジャンマレーをちょい足しした感じかな。ボサボサのロン毛、無精髭、いつもリーバイスのブラックデニムに黒のブロードシャツを当然タックイン。ちょっと変わり者で、物騒にも窓全開、ラジオはJAZZチャンネル、そしてソファーで寝ているサマがまさに原田芳雄なのだ。たまーに黒人モデルの女性なんかが出入りしていて、もうカッコいいのなんのって。私生活フルオープンでここまで絵になる男はそうそう出会わないだろう。ボクらの唯一の交流はほぼ真下のコインランドリーで、週一のリズムが合ってしまうと毎週遭遇となる。モチロン仏版原田芳雄はコインランドリーでも隙がない。たぶんトランクスの上にバスローブだけ着て、あのブラック501も黒シャツも一度に洗っているのだろう。何も持たず、狙いもせず、ただコインランドリーで仕上がり音を待っているだけの男がここまでカッコいいのはパリ・下町マジックなのか?はたまた、このエリアの危うさが彼のオーラを増幅しているのか?ブランド物の力を借りないと己が奮い立たないな〜なんて思える時、原田芳雄のバスローブ姿を何故か思い出す。